2019/03/28

月命日

猫の絵 月命日
 
 
 
今日は月命日なので、とびきりの絵を描きたかったのと、
いつもと違ったテイストで描きたかったのだけど、
結果として、いつもとさほど変わらなかったという・・・


95回目の月命日。

来月は命日。8年が経つ。
 
 
 
 
 
 
 
 
東日本大震災の年だった。
そのひと月あまり後、猫が死んだ。
震災で家族をなくして、
その行方さえわからないままの人もたくさんいるときに、
自分の悲しみなど些細なことだと思った。
もちろん、悲しみに大きいも小さいもなくて、
震災で家族をなくすのと、病気で猫をなくすのに、
どっちのほうが悲しいなんてないと思うけど、
それでも、こんなことで悲しみに暮れてちゃいかん。
と思ったことだけは確か。



8年経って思うことは、
あまりに悲しいことがあると、そこで時が止まったまま、
なんてよく言うけど、
やっぱり時は止まってなんかいないと思う。
猫が死んだあと書いてた日記を読んでたら、
死ぬ何日か前の出来事について、そのときの猫の顔を、
忘れないよ。と書いてた。
なのに、その顔がどんなだったか、もう思い出せない。
その日のことは忘れてないけど、そのときの顔は覚えてないんだ。
努めて何一つ忘れないようにしていても、
やっぱり忘れてしまうんだ。



シャーロック・ホームズは、
人間の脳みそは空っぽの屋根裏部屋のようなものだと言ってた。
そこには選び抜いたものだけをしまっておかなきゃいけない。
なんでもかんでも詰め込むと、
そのせいで役に立つものが押し出されてしまったり、
がらくたのせいで取り出せなかったりする、とね。


忘れたくないことを忘れないでいるためには、
脳内にいれておくべきことを 選ばなきゃいけない。